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友禅工房 欒堂について〜加賀友禅作家・友野雅子プロフィール/制作行程等 |

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加賀友禅工房 欒堂について紹介したページとなります。工房の名称・欒堂の由来や歴史、加賀友禅作家である友野雅子プロフィール、欒堂スタッフ、手描き加賀友禅の製作工程などなど写真や文章にてご紹介しておりますのでどうぞご覧くださいませ。 |
加賀友禅工房『欒堂』について私たちの工房は、金沢市主計町の源法院というお寺にあります。主計町(かずえまち)は、平成11年に旧町名が復活した町ですが、何と旧町名復活の全国第一号の町なのです。小さな街並みですが、昔懐かしい歴史の香りと人情が漂う町です。 源法院というお寺は開基1617年と伝えられている真言宗の小さなお寺です。江戸時代からこの方、大火にあったり豪雪にあったりして、その都度再建されて今日まで続いているお寺です。旧北國街道の起点にあるので、前田藩の江戸三度、京三度と言われる飛脚の安全祈願所になっていたそうです。このお寺をお守りしながら、友禅の制作に励んでおります。
それで私たちの工房を欒堂(らんどう)と言います。欒という漢字をじっと見詰めると、もく(木)、げん(言)、じ(絲)という植物の名前が浮かび上がって来ます。もくげんじ(欒樹)は高さ10メートル程の落葉高木で花も実も多く、別名せんだんばのぼだいじゅ(栴壇葉の菩提樹)と呼ばれ、その種子が数珠になります。漢方の薬効では眼精疲労の改善に効くとされております。花あり、実あり、人の和(団欒)ありという意味を工房名の欒堂に込めている訳です。
欒堂主宰・友野雅子プロフィールこの工房を主宰するのは私、加賀友禅作家・友野雅子です。「絹に染料で絵を描く」加賀友禅はとても美しく、繊細な表現技法です。加賀友禅の美に魅せられて金沢へ来てもうかれこれ30年近くになります。私は昭和57年に野村染工に入工し、色々な染色表現技法を学びながら、日本画家の下村洋人先生に師事して絵心を養い、平成元年に友禅作家として独立しました。これまでの間、伝統加賀友禅工芸展、加賀友禅新作競技会、全国伝統工芸品公募展等に出品しています。また金沢読売文化センター講師を務めて来ました。この美しい加賀友禅の表現技法が市民の皆様に普及されることを願って、このお寺でも友禅教室を開催しております。
金沢に来る前は、京友禅に携わっていました。私は大谷大学文学部卒業後、教科書・参考書の出版社に就職したのですが、勿論その当時は友禅の仕事を一生の仕事にするなど、夢にも思っていませんでした。会社の仕事はとても楽しく魅力あるものでしたが、一年程会社に通ううちに、もっと自分に合った仕事はないのだろうか、それは何だろうか、自分が主体的に係わることのできる仕事は何かと迷い始めたのです。 ある日ふと、幼いころ絵を描くことがとても好きだったことを思い出し、近所の京友禅工房の門を叩きました。そして思い切って会社を退職し、京友禅の世界に飛び込んだのでした。京都では抽象、具象、古典、現代と様々な柄行きの訪問着、留袖、帯等に挑戦し、素描き、濡れ描き等の表現技術を学ばせてもらい、日々達成感を味わいながら充実した時を過ごしていました。 そうした生活の中で先達の色々な作品に触れる機会も増え、少しずつ加賀友禅の色彩、写実の繊細な表現に心引かれるようになり、ある日思い切って金沢へ、誰一人知る人も宛もない土地に飛び込んで来たのですが、縁あって加賀友禅に携わることができ、お世話になった皆様に日々感謝しております。 この春、私の若き日を思い出させる新弟子が大阪から飛び込んで来ました。何という巡り合わせでしょう。人にも環境にも恵まれた歴史的な背景のあるこの場所で、貧しくとも心豊かに力強く生きることをモットーに、伝統の継承と発展に少しでも役立てること、小さな境内で山野草を育て浅野川の河畔という素敵な場所で、これからも日々制作に励む事ができることは、とても幸せなことと感じております。 ◎当工房・欒堂のスタッフです、よろしく御願いいたします♪
手書き加賀友禅の制作行程です
〜当工房にて日々より素晴らしい加賀友禅作品を制作できるよう励んでおります、どうぞ宜しくお願いいたします。 |